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千葉地方裁判所 平成4年(ワ)1316号 判決

原告

日本国有鉄道清算事業団

右代表者理事長

西村康雄

右訴訟代理人弁護士

西迪雄

向井千杉

右指定代理人

室伏仁

外二名

被告

髙石正博

右訴訟代理人弁護士

森健市

遠藤憲一

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明け渡せ。

二  被告は、原告に対し、金二万二四五四円及び平成五年九月一日から明渡し済みに至るまで一か月金一万二四四〇円の割合による金員を支払え。

三  訴訟費用は被告の負担とする。

四  この判決は、第一、第二項に限り、仮に執行することができる。ただし、被告が金二〇万円の担保を供するときは、第一項に限り、右仮執行を免れることができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  主文第一ないし第三項と同旨

2  仮執行の宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  本案前の答弁

(一) 本件訴えをいずれも却下する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

2  本案の答弁

(一) 原告の請求をいずれも棄却する。

(二) 訴訟費用は原告の負担とする。

(三) 担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二  当事者の主張

一  原告の請求原因

1  当事者

(一) 原告

原告は、昭和六二年四月一日、日本国有鉄道改革法(以下「改革法」という。)に定める日本国有鉄道(以下「国鉄」という。)の改革(以下「国鉄改革」という。)の実施に伴い、旅客鉄道株式会社等承継法人に承継されない資産、債務等を処理するための業務及び臨時に原告の職員のうち再就職を必要とする者(以下「再就職対象者」という。)の再就職の促進を図るための業務を行うことを目的として、国鉄から移行した法人である(改革法一五条、同法附則二項、日本国有鉄道清算事業団法(以下「事業団法」という。)附則二条)。したがって、国鉄と原告とは同一法人格である。

原告の目的とする右業務のうち、再就職対象者に係る臨時の再就職促進業務(事業団法二六条三項)は、日本国有鉄道退職希望職員及び日本国有鉄道清算事業団職員の再就職の促進に関する特別措置法(以下「再就職促進特別措置法」という。)の定めるところにより、期間を三年間に限った上実施されてきたが(事業団法附則七条)、平成二年四月一日、再就職促進特別措置法の失効(同法附則二条)に伴い、終了した。

(二) 被告

被告は、もと国鉄の職員であったが、昭和六二年四月一日の国鉄改革実施の際、旅客鉄道株式会社等により採用されなかったために原告の職員となり、原告の理事長から同日付で、再就職促進特別措置法一四条一項に基づき、再就職対象者に指定されたが、再就職しないまま推移したため再就職対象者に係る臨時の再就職促進業務が終了したことに伴い、原告の就業規則二二条四号(業務量の減少その他経営上やむを得ない事由が生じた場合には解雇することがある旨の規定)に基づき、平成二年三月二〇日に解雇予告を受けた後、同年四月一日付をもって解雇された。

2  原告の明渡請求権の発生原因事実

(一) 国鉄は、別紙物件目録記載の建物(以下「本件宿舎」という。)を所有していたが、昭和五三年一一月頃、国鉄職員であった被告から宿舎利用の申込みを受け、当時職員に対する宿舎の利用関係を規律していた公舎基準規程に基づき、被告に対し、本件宿舎の利用を認めた。ここに、国鉄と被告との間に、公舎基準規程に定めるところを内容とする本件宿舎の利用関係が成立した。

(二) そして、前記のとおり、昭和六二年四月一日、国鉄改革の実施により国鉄は原告に移行した。他方、本件宿舎の所有権は、右同日の国鉄改革により、国鉄から日本貨物鉄道株式会社(以下「JR貨物」という。)に承継された。

原告は、JR貨物との間で、右同日、宿舎利用協定を締結した。これによりJR貨物は、国鉄から承継した宿舎を原告の職員が改革実施日に現に利用している場合には、宿舎一戸単位による貸借関係として、向こう五年間に限り原告に宿舎の利用を認め、その利用料金は、昭和六二年三月三一日においてその職員が国鉄に支払っていた金額と同額とし、原告がJR貨物に対し支払うこととした。

(三) 原告は、その業務実態に即した宿舎等取扱基準規程を策定し、以後、被告との間の本件宿舎の利用関係については、右規程を適用することとした。なお、公舎基準規程と宿舎等取扱基準規程は、その内容において実質的な異同はなく、両規程とも国鉄職員又は原告職員の利用に供すべき多数の宿舎に対する管理の適正を図るために策定されたものであり、それらの宿舎を利用する職員は、各規程に従って利用することを条件としてその利用を認められたものである。したがって、宿舎の利用者は、右各規程の具体的内容を知悉するか否かにかかわらず、当然これに従うことが要求されることになる。

なお、宿舎を利用する職員に対しては、利用開始にあたり、各規程に沿った利用上の注意が喚起され、現に被告に対しても、国鉄の時代には「国鉄宿舎居住者心得」が手交されており、被告が本件宿舎の利用関係の内容を知らなかったということはありえない。

(四) また、本件の宿舎利用関係のように、職員であるが故にその利用を認められ、利用料金も通常の相場家賃に比して相当低額に定められている場合には、雇用関係の存在と密接に関連した特殊の利用契約関係というべきであって、借家法の適用はなく、職員たる身分を失う等の事情があれば当然にその利用関係も終了するというべきである。

この観点から、宿舎等取扱基準規程九条は、原告の職員は、職員でなくなった場合(一号)、又は宿舎総括者において職員が居住することを不適当と認めた場合(七号)には、六〇日以内に宿舎の明渡しをしなければならない旨を規定している。

(五) したがって、被告は、原告の行う再就職促進業務の終了に伴い、平成二年四月一日付をもって原告により解雇されたのであるから、宿舎等取扱基準規程九条一号により、また、解雇後、被告は原告の業務に従事することがなくなったのであるから、同規程九条七号により、六〇日以内に本件宿舎を明け渡さなければならない。

しかるに、被告は、同年五月三一日を経過した後も引き続き本件宿舎を占有している。

(六) なお、前記宿舎利用協定に基づく原告のJR貨物に対する本件宿舎利用権は、被告が解雇され本件宿舎を明け渡すべき事情に立ち至ったことに伴い、平成二年五月三一日、JR貨物からの通知により消滅し、原告は、JR貨物に対し本件宿舎を明け渡す義務を履行すべき状況にある。したがって、右義務を履行するためにも、原告は、被告に対し、明渡しを求める必要があり、本件宿舎の所有権が国鉄からJR貨物に承継されたことを理由として、原告の被告に対する明渡請求権が否定されるものではない。

3  本件宿舎の使用料相当額

本件宿舎の使用料相当額は、平成二年六月一日から平成三年九月三〇日までは、一か月一万二八一三円(消費税を含む。)、同年一〇月一日以降は、一か月一万二四四〇円(消費税を含まない。)であるが、原告は、被告が本件宿舎を明け渡さないため、JR貨物に対し、引き続き右使用料相当額の支払いを余儀なくされている。したがって、被告は、原告の損失において、右使用料相当額を不当に利得している。

平成二年六月一日から平成五年八月三一日までの被告の支払うべき使用料相当額の合計額は、四九万一一二八円であるところ、被告は、原告に対し、四六万八六七四円を支払った。

4  よって、原告は、被告に対し、宿舎等取扱基準規程九条一号又は同条七号により、本件宿舎の明渡し並びに本件宿舎の不法占拠による不当利得返還請求として、二万二四五四円及び平成五年九月一日から明渡済みに至るまで一か月一万二四四〇円の割合による金員の支払いを求める。

二  被告の本案前の主張

原告は、本件宿舎の所有者ではなく、また、被告に対する契約上の地位も有していないから、原告適格を欠くものであり、本件訴えは却下されるべきである。

1  原告は、被告に対し、宿舎等取扱基準規程に基づき、本件宿舎の利用を認めたと主張しているが、それは、原告と被告の間において何らかの契約が成立したことを意味するのか否か明らかでない。仮に契約が成立したとの意味であるならば、その成立時期、態様、内容及び終了事由を明確にすべきである。契約は、申込みと承諾という意思の合致によって成立するが、原告と被告との間にはこのような意思の合致は全く存在しない。すなわち、被告は、本件宿舎の入居に際し、当時組合の特別執行委員を務めていたことから、原告が主張するような通常の入居手続を経由せずに特別に入居しており、国鉄と被告との間に公舎基準規程に定める内容の利用関係は成立していない。

したがって、その成立について主張がない契約関係を前提として、その終了によって明渡しを求める原告の主張は失当である。

2  また、仮に国鉄と被告との間で公舎基準規程を内容とする契約関係が成立していたとしても、原告は国鉄と別個の法人格であるから、契約関係を承継していない以上、その契約の終了に基づいて本件宿舎の明渡しを請求することはできないというべきである。すなわち、原告は、国鉄の事業ないし業務を一切引き継いでおらず、国鉄の事業とは全く別個の事業である清算業務及び再就職促進業務を行う事業体であり、原告は、「旅客鉄道株式会社等による日本国有鉄道からの事業の引き継ぎ並びにその権利義務の承継の後において」(事業団法一条)、いわば、その脱け殻を別個の業務を行う事業体に変身せしめたものであり、法人格としても全く別個のものとみるべきである。

3  さらに、原告が宿舎利用協定に基づきJR貨物に対し本件宿舎の返還義務を負い、被告に対し明渡しを求める必要があるからといって、当然に原告適格が付与されるものではない。訴訟物たる権利関係を抜きにして、必要があれば請求できるというのでは、当事者適格の概念など不要である。

三  本案前の主張に対する原告の反論

本件訴えのような給付の訴えにおいては、訴訟物たる給付請求権を自ら持つと主張する者に原告となる資格があるから、本件訴えが原告適格を欠くものとして却下されるべき旨の被告の主張は失当である。

四  請求原因に対する被告の認否及び反論

1(一)  請求原因1(一)の事実は認める。しかし、国鉄と原告が同一法人格であるとの主張は争う。

(二)  請求原因1(二)の事実は認める。

2(一)  請求原因2(一)の事実のうち、国鉄が本件宿舎を所有していた事実は認め、原告が被告から宿舎利用の申込みを受け、公舎基準規程に基づき本件宿舎の利用を認めたとの事実は否認し、国鉄と被告との間に公舎基準規程に定めるところを内容とする利用関係が成立したとの主張は争う。

(二)  請求原因2(二)の事実は知らない。

(三)  請求原因2(三)の事実のうち、被告との間の本件宿舎の利用関係について宿舎等取扱基準規程を適用することとしたとの事実及び被告に対して「国鉄宿舎居住者心得」が手交されたとの事実は否認し、利用者は公舎基準規程及び宿舎等取扱基準規程の具体的内容を知悉するか否かにかかわらずそれに従うことが要求されるとの主張は争う。

(四)  請求原因2(四)の主張は争う。

(五)  請求原因2(五)の事実のうち、被告が平成二年五月三一日経過後も引き続き本件宿舎を占有している事実は認め、その余の主張は争う。

(六)  請求原因2(六)の事実のうち、原告のJR貨物に対する本件宿舎利用権がJR貨物からの通知により消滅したとの事実及び原告が貨物会社に対し、宿舎利用協定により本件宿舎を明け渡す義務を履行すべき状況にあるとの事実は知らない。その余の主張は争う。

3  請求原因3の事実のうち、本件宿舎の使用料が平成四年一月一日現在一万二四四〇円である事実は認め、被告が原告の損失において使用料相当額を不当利得しているとの主張は争う。その余の事実は知らない。

五  被告の抗弁

被告と東日本旅客鉄道株式会社(以下「JR東日本」という。)との間には、国鉄の時代に引き続き雇用関係が存在するから、被告は、JR東日本の職員として本件宿舎を正当に占有する権原を有する。その理由は、以下のとおりである。

1  不当労働行為

国鉄改革に伴う新会社への移行に際して、国鉄千葉動力車労働組合(以下「動労千葉」という。)組合員である被告をJR東日本に不採用とした行為は、不当労働行為である。

(一) 千葉県地方労働委員会は、平成二年二月二七日、被告を含む一二名の者に対するJR東日本への不採用、原告への配属が不当労働行為に当たるとの救済申立を認容し、JR東日本に対し、原職復帰命令を出した(以下「本件救済命令」という。)。本件救済命令により、JR東日本は、昭和六二年四月一日をもって被告をその職員として取り扱われなければならないこととされたのであるから、被告が本件宿舎の居住資格を有することは明らかである。

(二) 労働委員会の救済命令の私法上の効果については議論が存在するが、憲法二八条の公序設定効果に照らすとき、私法上も一定の効果が発生するというべきであるから、JR東日本への不採用行為が不当労働行為と認定された場合は、労使間における私法上の秩序として不採用を肯認することはできない。

仮に、改革法二三条所定の採用手続により新会社に採用されなければ、雇用関係は成立しないとの見解に立ったとしても、以下の理由により、被告とJR東日本との間には雇用関係が存在しているというべきである。

(1) 本件救済命令が明らかにしているように、特定の職員について国鉄が設立委員の示した採用基準を満たさないと判断して承継法人に採用すべき者の名簿に記載しなかった行為は、労働組合法七条一号及び三号の不当労働行為を構成する。したがって、右名簿不記載は無効であり、その予定する法律効果は発生しない。なぜなら、憲法二八条の法的効果の一つとして団結権等の保障が私法上の公の秩序として設定されていることにかんがみると、不当労働行為に対する司法的救済は私法体系に投影されて解決されるべきだからである。

(2) 名簿作成行為による選定行為は、職員と新会社との間の雇用関係の成立を法律効果とする法律行為の構成要素である。国鉄がある特定の職員を名簿に記載しないということは、その職員に対して改革法二三条の採用手続に基づき承継法人の設立委員によって採用され得ない地位を例外的に付与するという法律効果を予定している。そして、名簿に記載されることが原則であり、記載されないことが例外的であることからすると、原則例外思考の当然の帰結として、国鉄が採用基準を満たさないと判断し、名簿に記載しない行為が不当労働行為に当たり無効である場合は、他の大多数の国鉄職員と同様に名簿に記載されたという地位、すなわち、改革法二三条の採用手続に基づき設立委員によって採用され得る地位を付与されたことになると解さなければならない。

(3) なお、被告は、設立委員からの採用通知を受け取っていないが、採用通知は、国鉄が自ら作成した不当労働行為の産物である名簿の記載に従って設立委員からの委任を受けて行ったものである。したがって、名簿に記載されなかった被告が採用通知を受けなかったのは至極当然のことであった。

(三) 仮に被告とJR東日本との間に雇用関係が存在しているといえないとしても、JR東日本への不採用が不当労働行為に当たるとして救済命令が発せられたのであるから、このような事態の下において、なおかつ原告が被告の本件宿舎に対する占有権原が消滅したとして明渡しを求めることは、権利の濫用に当たる。

2  整理解雇の無効

被告のJR東日本への不採用、原告への配属は実質上の整理解雇にほかならないが、整理解雇の要件を満たさず無効であるから、被告は、JR東日本の職員として本件宿舎を正当に占有する権原を有する。

(一)(1) 原告における被告の日常は、仕事を与えられず、一日中自学自習で時間を過ごす毎日であり、労働力を提供すべき場が全く与えられず、労働契約の実体が存在しなかった。したがって、被告を右のような状況においた国鉄及びJR東日本の不採用行為は、使用者によって労働契約の効力を一方的に消滅させる行為であり、まさに実質的な解雇にほかならない。

(2) 仮に、そこに労働力提供の概念が入り得たとしても、被告が原告に配属されたのは、三年間だけであるから(再就職促進特別措置法一四条三項、同法附則二条参照)、JR東日本への不採用、原告への配属は、平成三年三月末日までの期限付きの解雇であることに変わりがない。

(二) そして、改革法一条から明らかなように、被告のJR東日本への不採用は、国鉄の経営改革という経営上の理由からなされた整理解雇であり、整理解雇の備えるべき要件を備えておらず、無効である。

憲法二七条一項の趣旨にかんがみると、使用者の解雇権の行使も、それが客観的に合理的な理由を欠き社会通念上相当として是認できない場合には、権利の濫用として無効となる。そして、企業経営上の必要という専ら使用者側の理由からなされる整理解雇は、労働権保障の観点から通常の解雇よりさらに厳格な基準をもって絞りがかけられなければならない。すなわち、①整理解雇を行わなければ、企業の維持・存続が危機に瀕する程度に差し迫った必要性があること、②整理解雇に至る過程においてこれを回避し得る相当の手段を講じたこと、③整理解雇の必要性・時期・規模・方法等について労働者側と真摯な協議を行い、その納得が得られるよう努力したこと、④被解雇者の人選が誠実かつ合理的に行われたことが必要である。

右の観点から本件をみると、新会社が承継する以前の国鉄は、経常収支を黒字基調とし、土地、施設、鉄道、通信技術等の資産を有していたところ、新会社はそれらを承継したにもかかわらず、当初予定されていた採用予定人員を満たさない状況でありながらあえて被告を不採用としたものであり、①の要件を満たしていない。

また、本件においては、解雇に至る過程において整理解雇を回避する手段を講じるどころか、そもそも必要がないのに特定の組合員を排除する意図の下に整理解雇を押し進めており、②の要件も満たさない。

さらに、本件において労働者との協議は一切なく、労働組合の求める団体交渉をことごとく無視し、団体交渉権を踏みつけにして実現したものであるから、③の要件も満たさない。

そして、本件において解雇された職員は、いずれもその勤務実績によってではなく、動労千葉の組合員であることを理由として解雇されており、被解雇者の人選は、合理的どころか団結権を侵害する不当労働行為を構成するものであり、④の要件も満たさない。

以上のように、本件整理解雇は右の四要件のうち一つたりとも満たさず、すべての面で許容され得ないものであり、整理解雇の法理を著しく逸脱するものであるから、無効である。

3  営業譲渡に基づく承継

国鉄改革の本質は、企業主体の変更ないしは営業譲渡にほかならず、国鉄の労働関係は新会社へ承継されている。

仮に、営業譲渡契約により労働関係が承継されることを否定する見解に立ったとしても、国鉄分割・民営化の過程で国鉄改革関連法案が審議された際、政府当局は、雇用保障について配慮する旨を繰り返し述べており、そこから特定の労働関係を排除するとの趣旨をうかがうことはできない。

したがって、JR東日本は、国鉄から国鉄職員との間の労働関係を一括して承継したというべきである。

六  抗弁に対する原告の認否及び反論

被告の抗弁は全面的に争う。

そもそも、原告は、被告に対し、原告の職員の地位を失ったことを理由に、宿舎等取扱基準規程九条一号又は七号に基づき本件宿舎の明渡しを求めているのであるから、被告とJR東日本との間における雇用関係の存否は、およそ本件請求の障害となりうるものではない。

1  不当労働行為の抗弁について

被告をJR東日本に採用しなかったことが不当労働行為に当たるとの主張は争う。

(一) 抗弁1(一)のうち、本件救済命令が発出されたことは認め、その余の主張は争う。

本件救済命令は、改革法等関係法令の解釈適用を誤り、さらに採用の法理及び不当労働行為救済の限界を正当に理解しない誤りを犯すものである。

(二) 抗弁1(二)の主張は争う。

労働委員会による救済命令は、不当労働行為が存したとされる場合に事実上の行為を命じるに過ぎず、使用者と労働者との間の雇用関係に係る私法上の法律関係を形成又は確認する効果を有しない。したがって、本件救済命令は、被告が本件宿舎について占有権原を有するか否かという私法上の法律関係に対し、何らの法的効果を及ぼさない。

(三) 抗弁1(三)の主張は争う。

2  整理解雇無効の抗弁について

抗弁2の主張は争う。

原告は、再就職促進特別措置法の定めるところに従い、三年間に限って臨時に実施した再就職対象者に係る再就職促進業務が終了したことに伴い、再就職しないまま推移した被告について、原告の就業規則に基づき解雇予告をした後に解雇したのであるから、解雇権の濫用とされる余地はない。

仮に、被告が原告による解雇の効力を争ったとしても、解雇の手続に重大かつ明白な瑕疵が存しない限り、原告は、被告に対し、宿舎等取扱基準規程九条一号又は七号により明渡しを求めることができる。

3  営業譲渡による承継の抗弁について

本件に係る被告の雇用身分関係について、企業主体の変更ないし営業譲渡などの一般的な法理論が適用される余地はない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一本案前の主張について

被告は、原告は本件宿舎の所有者でなく、被告に対する契約上の地位も有していないから、原告適格を欠き、本件訴えは却下されるべきであると主張する。

しかしながら、民事訴訟においては、当該請求を認容する判決によって保護されるべき法的利益の帰属主体が正当な原告であり、本件のような給付の訴えにおいては、自己の給付請求権を主張する者が正当な原告である。

本件において、原告は、被告に対し、宿舎等取扱基準規程に基づく本件宿舎の利用関係を前提とし、右利用関係が終了したと主張して同規程九条一号又は七号により本件宿舎の明渡しを求めているのであるから、正当な原告であり、原告適格を肯定することができる。

したがって、被告の本案前の主張は失当である。

二請求原因について

1  当事者

(一)  原告の地位

請求原因1(一)の事実は、国鉄と原告が同一法人格であるかどうかの点を除き、当事者間に争いがない。

そこで、国鉄と原告が同一法人格であるかどうかを検討するに、事業団法附則二条が「事業団への移行」の見出しの下に、「日本国有鉄道は、改革法附則第二項〔日本国有鉄道等の廃止〕の規定の施行の時において、事業団となるものとする。」と定めていること、事業団法一条が原告の目的について、国鉄改革の実施に伴い、旅客鉄道株式会社等による国鉄からの事業等の引継ぎの後において、国鉄の長期借入金及び鉄道債券に係る債務その他の債務の償還、国鉄の土地その他の資産の処分等を適切に行い、もって改革法に基づく施策の円滑な遂行に資すること並びに臨時に再就職対象者の再就職の促進を図ることにあると定めていることからすると、国鉄と原告は同一法人格であると解すべきである。

(二)  被告の地位

請求原因1(二)の事実は、当事者間に争いがない。

2  本件宿舎の利用関係及び明渡しの原因

(一)  請求原因2(一)の事実のうち、国鉄が本件宿舎を所有していた事実は当事者間に争いがない。

〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 国鉄は、厚生業務管理規程(昭和三九年四月総裁達第一六二号)一三条一項四号に基づき、公舎の円滑な運営を図るため公舎基準規程を定め、同規程は昭和四一年四月一日から施行された。

(2) 国鉄においては、局所長が公舎台帳及び運用台帳等を作成して保管し、宿舎等について直接の管理責任者を定めることにより、宿舎等の管理を行っていた。職員が宿舎を希望する場合には、「宿舎居住申込調書」に勤務箇所、職名、氏名、給額、現住所とその内容、家族関係及び申込事情等を記載し、勤務箇所長の意見を添えて総務部長へ提出し、局所長が宿舎に居住させる者を指定するという手続がとられていた。そして、右指定があると、厚生課長が当該職員に対し宿舎居住決定通告を行い、「国鉄宿舎居住者心得」が入居者に対し交付されていた。

(3) 被告は、昭和三九年に新小岩機関区臨時雇用員として国鉄に入社し、昭和四六年に結婚した。その後長男及び二男が誕生し、それまで住んでいた千葉市作草部の実家が手狭になったことから、昭和五〇年頃宿舎への入居を希望した。被告は、当時組合の特別執行委員を務めていたことから、本部の書記長と国鉄当局の宿舎担当者との話し合いにより比較的容易に春日町の宿舎に入居することができた模様である。

(4) その後、春日町の宿舎が取り壊しになることになったので、被告は昭和五二年に本件宿舎に転居した。

(5) 本件宿舎の使用料は、被告の給料から自動的に天引きされていた。

(6) 昭和五七年頃、使用料の値上げがあったが、国鉄は、被告の同意を得ることはせず、値上げを一方的に通告しただけであった。それに対し、被告も特に異議を述べる等をしなかった。

以上の認定事実を前提に、国鉄における宿舎利用の法律関係の性質について検討する。

国鉄の職員は、公務員そのものではないが、その身分は、国鉄関連法規によって規律されており、公法的色彩を強く残したいわば公務員に準じた身分を有していたということができる。

そして、国鉄の職員の宿舎は右のような職員が職務を行う上で居住するために設けられたものであり、これについては、厚生業務管理規程に基づいて公舎基準規程が規律していたが、公舎基準規程によると、職員からの居住の申込とそれに対する局所長の居住の指定によって利用関係が発生するものとされていた。このような公舎基準規程による規律は、多数の国鉄職員の宿舎の利用関係を円滑に規律していく上で必要なものであり、その利用関係は、当事者が合意により具体的内容を決定し、民法、借家法等が適用される純粋の契約関係ではなく、公舎基準規程によって規律される雇用関係と密接に関連した特殊な法律関係であったというべきである。

本件において被告は、本件宿舎の入居に際し、通常の入居手続を経由せずに特別に入居したから、国鉄との間に公舎基準規程に定める内容の利用関係は成立していないと主張する。当時のいきさつは必ずしも明らかではないが、被告の居住の申込に対して居住の指定がなされ、これにより被告は、春日町の宿舎及び本件宿舎に入居するに至ったものと推認される。したがって、被告についても、公舎基準規程によって規律される前記の特殊な法律関係が発生していたというべきである。

(二)  請求原因2(二)の事実について検討する。

弁論の全趣旨によれば、昭和六二年四月一日、国鉄改革が実施され、国鉄が原告に移行したこと及び右同日の国鉄改革により、本件宿舎の所有権が国鉄からJR貨物へ承継されたことが認められる。

〈書証番号略〉によると、原告は、昭和六二年四月一日、JR貨物との間で宿舎利用協定を締結したこと、右協定は宿舎の利用の調整を図るためのものであるが、JR貨物が国鉄から承継した宿舎を原告の職員となった者が改革実施日に現に利用している場合には、JR貨物は宿舎一戸単位による貸借関係として、向こう五年間に限り原告に宿舎の利用を認め、その利用料金は、昭和六二年三月三一日においてその職員が国鉄に支払っていた金額と同額とし、これを原告がJR貨物に対し支払うという内容のものであることが認められる。

(三)  請求原因2(三)の事実について検討する。

被告が国鉄改革の行われた昭和六二年四月以降原告の職員となり、かつ引き続き本件宿舎を利用してきた事実は当事者間に争いがない。

〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 原告は、厚生業務管理規程(昭和六三年三月理事長達第三七号)八条一号に基づき、宿舎等取扱基準規程(同年三月二五日総達第二六号)を定め、昭和六二年四月一日から適用した。

(2) 宿舎等取扱基準規程が適用される際、現に宿舎等に居住していた職員等は、すべて宿舎等取扱基準規程により宿舎に居住している者とみなされた。

(3) 使用料は、国鉄のときと同様に、給料から自動的に天引きされていた。

(4) 被告が原告へ配属になってから、原告との間で本件宿舎について新たな事務的手続きは一切とられなかった。

以上の事実を前提に、原告における宿舎利用の法律関係の性質について検討する。

前に検討したように原告と国鉄は同一法人格であるから、国鉄から原告へ配属された職員は、原告の設立目的等に応じた変容を受けながらも、原則として国鉄における身分関係を有したまま原告の職員たる地位に移行したことになる。したがって、原告の職員は、事業団法によって規律され、公法的色彩を残したいわば公務員に準ずる身分を有するに至ったということができる。

そして、原告の職員の宿舎利用関係については、公舎基準規程に代わって宿舎等取扱基準規程が規律することになったが、その規律も多数の原告職員の宿舎の利用関係を円滑かつ一律に規律していく必要から認められたものであり、使用料や居住条件等について一々個々の職員の同意を必要とするものではなかった。このように公舎基準規程から宿舎等取扱基準規程へと名称が変わり、原告の設立目的に応じた変容を受けたものの、両規程の実質は同じであり、利用関係の法律的性質も同じであったと解される。したがって、原告における宿舎の利用関係も、民法、借家法等が適用される純粋の契約関係ではなく、宿舎等取扱基準規程によって規律される雇用関係と密接に関連した特殊な法律関係である。

このような法律関係においては、右(2)において認定したように、宿舎等取扱基準規程が適用される際、現に宿舎等に居住している職員等は、すべて宿舎等取扱基準規程により宿舎に居住している者とみなされ、従来の公舎基準規程による利用関係が引き続き宿舎等取扱基準規程による利用関係に切り替わった結果、原告が各職員に対し、居住の申込とそれに対する居住指定という手続を改めてとらなくても、また、職員が宿舎等取扱基準規程の内容を一々知悉していなくても、有効に宿舎等取扱基準規程によって規律される利用関係に移行したといえるのである。

(四)  請求原因2(四)、(五)の事実について検討する。

右のとおり、被告と国鉄との間の本件宿舎利用関係は、国鉄改革後、原告との間の宿舎利用関係に移行したものであるが、右利用関係は民法や借家法によって規律される純粋の契約関係ではなく、宿舎等取扱基準規程によって規律される特殊な法律関係というべきである。

そして、宿舎等取扱基準規程九条は、原告の職員が職員でなくなった場合(一号)、又は宿舎総括者が職員の居住を不適当と認めた場合(七号)には、職員は六〇日以内に宿舎の明渡しをしなければならない旨を定めているが、右規程は、前記雇用関係と密接に関連した宿舎利用関係の性格からして当然の規定であるというべきである。

かかるところ、前記のとおり、被告は、平成二年四月一日付をもって原告から解雇されたものであるところ、その六〇日後である同年五月三一日経過後も引き続き本件宿舎に居住してこれを占有していることは、当事者間に争いがない。

(五)  したがって、抗弁が容れられない限り、被告は、原告に対し、本件宿舎を明け渡し、かつ未払の使用料相当額を不当利得金として返還しなければならない。

なお、〈書証番号略〉及び弁論の全趣旨によると、請求原因2(六)のとおり、原告とJR貨物は、平成二年五月三一日、宿舎利用協定に基づく本件宿舎の貸借関係を解約し、原告が明渡し完了に至るまでの手続一切を行うとの合意をしたことが認められ、原告は、JR貨物との関係でも、被告に明渡しを求めなければならない関係にあると認められる。

3  使用料相当額について

請求原因3の事実のうち、本件宿舎の使用料が平成四年一月一日現在一万二四四〇円である事実は当事者間に争いがない。

〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、本件宿舎の使用料相当額は、平成二年六月一日から平成三年九月三〇日までは、一か月一万二八一三円(消費税を含む。)、同年一〇月一日以降は、一か月一万二四四〇円(消費税を含まない。)である事実及び平成二年六月一日から平成五年八月三一日までの被告の支払うべき使用料相当額の合計額は、四九万一一二八円であるところ、被告は、原告に対し、四六万八六七四円を支払った事実が認められる。

したがって、被告の平成五年八月三一日までの未払いの使用料相当損害金は、二万二四五四円である。

三抗弁について

被告は、抗弁として、被告は国鉄時代に引き続きJR東日本との間に雇用契約関係が存在するから、JR東日本の職員として本件宿舎を正当に占有する権原を有すると主張する。

ところで、原告の本件請求は、被告が原告の職員の地位を失ったことを理由として、原告の宿舎等取扱基準規程の明渡条項に基づいて本件宿舎の明渡しを求めるものであるから、被告の抗弁は原告の請求とかみ合わない感がないではない。

しかし、被告がJR東日本の職員の地位を有しているとすれば、本件宿舎の所有者であるJR貨物は、宿舎利用協定によりJR東日本に本件宿舎を貸し付けるべきこととなり、JR東日本は被告に本件宿舎の利用を認めるべき筋合のものであるから、原告が本件宿舎の明渡しを求めることは、少なくとも実質的には不当となるものと思われる。

そこで、以下、抗弁について検討することとする。

1  不当労働行為の主張について

(一)  労働委員会の救済命令の私法上の効果について

被告は、千葉県地方労働委員会の発出した本件救済命令により、JR東日本は、被告をその職員として取り扱わなければならないから、被告は本件宿舎を正当に占有する権原を有すると主張する。

しかし、不当労働行為に関する労働委員会の救済は、使用者の不当労働行為を排除して、団結権侵害のなかった状態を回復することをねらいとするものであって、労使間の私法上の法律関係ないし権利義務の内容を審査し確定することを直接目的とするものではない。したがって、労働委員会の救済命令は直接労使間における権利義務を設定するものではなく、単に使用者に行政上の義務を課すにとどまるというべきである。

したがって、この点に関する被告の主張は採用できない。

(二)  被告は、JR東日本への被告の不採用と原告への配属(具体的には国鉄が被告をJR東日本の職員となるべき者の名簿に記載しなかった行為)は不当労働行為に当たるから、無効であり、その予定する法律効果が生じないことを意味し、改革法二三条所定の手続により設立委員によって採用され得る地位を付与されたとの効果を生じさせると主張するので、この点を検討する。

改革法二三条一ないし四項、附則二項、一項、改革法施行規則九条ないし一二条によれば、承継法人の職員の採用手続は次のとおりであった。

(1) 承継法人の設立委員は、国鉄を通じ、国鉄の職員に対し、それぞれの承継法人の職員の労働条件及び職員の採用の基準を提示して、職員の募集を行う。

(2) 国鉄は、承継法人の設立委員から国鉄の職員に対して労働条件及び採用の基準が提示されたときは、書面により、承継法人の職員となることに関する国鉄の職員の意思を確認する。

(3) 国鉄は、職員の意思を確認した後、承継法人別に、承継法人の職員となる意思を表示した者の中から、当該承継法人の採用の基準に従ってその職員となるべき者を選定し、選定した職員の氏名、生年月日等を記載した名簿を作成し、選定に際し判断の基礎とした資料を添付して設立委員に提出する。

(4) 右の名簿に記載された職員のうち、設立委員から採用する旨の通知を受けた者であって昭和六二年四月一日の時点で現に国鉄の職員である者は、承継法人の職員として採用される。

以上のような手続に照らすと、国鉄が前記名簿に記載したからといってその効果として当然にその者が承継法人の職員として採用されることになるわけではなく、承継法人の職員として採用されるためには、別途設立委員から採用する旨の通知を受けることが必要である。すなわち、国鉄は、設立委員に対し、名簿とともにその名簿に記載する職員を選定するに際して判断の基礎とした資料を添付して提出しなければならず、設立委員は、右添付資料を検討し、最終的に当該承継法人の採用基準を満たしているかどうかを判断のうえ、国鉄が名簿に記載した職員の中から承継法人の職員として採用すべき者の採否を決定する権限を有しており、最終的に採用することを決定した者に対して採用通知をすることが要求されていると解される。

したがって、仮に、本件において国鉄が被告を名簿に記載しなかった行為が不当労働行為に当たるとしても、当然に被告がJR東日本に採用され、その職員たる地位を取得したものということはできない。

よって、この点に関する被告の主張は採用できない。

(三)  被告は、さらに、被告を名簿に記載せず、JR東日本に採用しなかった行為は不当労働行為に当たり、救済命令も発せられたのであるから、このような事態の下で本件宿舎の明渡しを求めることは権利の濫用であると主張する。

しかし、不当労働行為であるかどうかはいまだ確定していないのであり(本件訴訟の証拠によっては、被告の名簿不記載が不当労働行為に当たると断定することはできない。)、前記のとおり、仮に不当労働行為に当たるとしても被告がJR東日本の職員として採用されたことにはならないのであるから、原告が原、被告間を規律する宿舎等取扱基準規程の定めるところに従って被告に本件宿舎の明渡しを求めることは、直ちにこれを権利の濫用であるとすることはできない。

(なお、ひるがえってみるに、本件においては、前記のとおり被告を含む一二名の者を国鉄が名簿に記載しなかった行為が不当労働行為に該当するかどうかが争われたものであるところ、仮に右名簿不記載に不当労働行為性があるとしても、その強弱には濃淡がありうるのであるから、一二名全員を名簿に記載すべきことになるとは限らないし、また、被告について当然に名簿記載の効果が生じるべきものとは断定できないというべきである。)

2  整理解雇無効の主張について

被告は、JR東日本に採用されなかったこと及び原告へ配属されたことは、実質上の解雇あるいは期限付き解雇にほかならないが、それは整理解雇の要件を満たさず無効であるから、JR東日本の職員として本件宿舎を正当に占有する権原を有すると主張する。

(一)  そこで、まず、実質上の解雇に当たるかどうかを検討する。

被告は、原告へ配属されたものの原告においては労働力の提供の場がなく労働契約関係が存しないから、原告への配属自体が実質上解雇に当たると主張する。

〈書証番号略〉及び被告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すると、以下の事実が認められる。

(1) 被告は、原告に三年間在籍しており、その間、再就職のための希望調査、面接が行われ、ワープロの勉強や自動車の免許を取得し、再就職のための準備活動を行った。

(2) 原告は、被告に対し、レストランの店長候補、大阪で夫婦で住み込んで働く職等具体的な職種を紹介したり、職業安定所、保健所、裁判所等の公的部門への就職をあっせんしたり、事業資金の援助の相談に応じたりしたが、被告が現給維持という条件を固執したため、いずれもうまく行かなかった。

(3) 原告は、被告に対し、原告に在籍している間給料を支払い、ワープロの勉強や自動車免許取得のために要した基本的な費用を支出した。

これらの事実を前提に検討すると、原告に在籍している間、被告は、再就職のための準備活動に従事しており、原告は、それに対し報償として定められた賃金を支払っていたといえるから、原告と被告との間には、労働契約が存在したということができる。

したがって、被告のJR東日本への不採用、原告への配属が直ちに実質的解雇にあたるということはできない。

(二)  次に、原告への配属が期限付き解雇に当たるかどうかを検討する。

事業団法附則七条によれば、原告が同法二六条三項に規定する再就職促進業務を行う場合には再就職促進特別措置法の定めるところによることになっているところ、再就職促進特別措置法附則二条によれば、同法は昭和六五年(平成二年)四月一日に失効することになっているから、国鉄が改革法二三条二項所定の名簿に記載しなかったために原告の職員になった者は、再就職促進特別措置法により再就職しなかったときは、同法附則四条の場合を除き、原告理事長からの解雇の通知があると否とにかかわりなく、再就職促進特別措置法の失効に伴い、失職することになる。すなわち、国鉄の職員であった者は、右名簿に記載されずに原告の職員になった時点で、あたかも一種の期限付き解雇の通知を受けたかのごとき様相を呈する。

(三)  そこで次に、期限付き解雇に当たるとした場合、整理解雇の法理の適用があるかどうかを検討する。

国鉄改革の目的は、改革法一条が規定しているように、「日本国有鉄道による鉄道事業その他の事業の経営が破綻し、現行の公共企業体による全国一元的経営体制の下においてはその事業の適切かつ健全な運営を確保することが困難となっている事態に対処して、これらの事業に関し、輸送需要の動向に的確に対応し得る新たな経営体制を実現し、その下において我が国の基幹的輸送機関として果たすべき機能を効率的に発揮させることが、国民生活及び国民経済の安定及び向上を図る上で緊要な課題であることにかんがみ、これに即応した効率的な経営体制を確立する」ことにあることは明らかであり、改革法二三条に基づく採用手続も右目的を達するための施策の一環としてなされたものであることも明らかである。

また、再就職促進特別措置法一条は、同法の目的について、国鉄改革を「確実かつ円滑に遂行するための施策の実施に伴い、一時に多数の再就職を必要とする職員が発生することにかんがみ、これらの者の早期かつ円滑な再就職の促進を図るため、当該改革前においても日本国有鉄道の職員のうち再就職を希望する者について再就職の機会の確保等に関する特別の措置を緊急に講ずるとともに、当該改革後において日本国有鉄道清算事業団の職員になった者のうち再就職を必要とする者について再就職の機会の確保及び再就職の援助に関する特別の措置を総合的かつ計画的に講じ、もってこれらの者の職業の安定に資すること」にあると規定している。

そして、再就職促進特別措置法は、国鉄、原告、国、地方公共団体その他関係者が再就職対象者の再就職の機会の確保並びに再就職の援助を図るために必要な施策及び措置を講じる責務を負うことを規定しており(同法二ないし四条)、さらに、同法は、その具体的措置を次のとおり規定している。

(1) 国は、再就職促進基本計画を策定しなければならず、その計画の内容は、移行日から三年内にすべての再就職対象者の再就職が達成されるものでなければならない(一四条)。

(2) 再就職の機会の確保に関する措置

例えば、国は右基本計画に従い、再就職対象者をその職員として採用するよう努めなければならない(一六条)。

(3) 再就職の援助等に関する措置

例えば、原告は、職業訓練、必要な求人の開拓及び無料の職業紹介事業の実施、再就職後に必要な住宅のあっせん等を行わなければならず(二四条)、国及び雇用促進事業団は、再就職を促進するため、必要な職業訓練の迅速かつ効果的な実施について特別の措置を講じなければならず、都道府県は、原告の委託に係る職業訓練について右特別の措置を講ずるように務め、右職業訓練の費用は原告が負担しなければならない(二六条)。

また、雇用促進事業団は、再就職対象者に対する職業訓練、職業及び生活に関する相談、事業を開始する場合においての必要な資金の借入れのあっせん及び当該借入れに係る債務の保証、作業の環境に適応させるために必要な指導等の実施をしなければならない(二九条)。

以上のように、国鉄改革は、国民の代表機関である国会において審議を尽くして制定された高度の政策的判断に基づく一連の改革関連法規(改革法、改革法施行法、事業団法、再就職促進特別措置法等)に基づいて行われたものであり、改革法二三条に基づく採用手続も前記国鉄改革の目的を実現する各施策の一つとして行われたものであって、しかも前記したように再就職促進特別措置法は、再就職対象者に対し、再就職の機会を数多く与え、その再就職活動を各方面から援助し、再就職対象者の確実かつ円滑な再就職が実現できるように図っているのであるから、これらの点にかんがみると、国鉄改革には一般の整理解雇の法理は適用されないというべきである。

したがって、整理解雇の要件を満たさないから無効であるとの被告の主張は採用できない。

3  営業譲渡による承継の主張について

被告は、国鉄改革の本質は、企業主体の変更ないしは営業譲渡にほかならず、国鉄の労働関係は新会社へ承継されているから、JR東日本の職員として本件宿舎を正当に占有する権原を有すると主張する。

しかし、たとえ国鉄から新事業体への事業等の移転等の実態に営業譲渡などの要素があるとしても、国鉄から新事業体へ引き継がせる事業等の種類及び範囲、資産、債務等の移転の内容、手続及び効果等、並びに職員の処遇の内容、手続及び効果等については、改革法をはじめとする国鉄改革関連法規が詳細に規定するところであって、これらが法定されている以上、それに対して企業主体の変更ないし営業譲渡などの一般的な法理論が適用される余地はないといわなければならない。

したがって、この点に関する被告の主張は失当である。

四結論

よって、原告の請求はいずれも理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を、仮執行の宣言について同法一九六条一項を、仮執行免脱の宣言について同条三項をそれぞれ適用し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官岩井俊 裁判官原道子 裁判官細矢郁)

別紙物件目録

千葉市稲毛区天台一丁目一〇九五番地二所在

家屋番号 一〇九五番二の六

鉄筋コンクリート造陸屋根五階建

共同住宅(六号棟)の五階部分のうち五〇一号室

床面積 64.8平方メートル

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